<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>成り立ち ｜ 素敵な人生大百科</title>
	<atom:link href="https://life.a88v.com/tag/%e6%88%90%e3%82%8a%e7%ab%8b%e3%81%a1/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://life.a88v.com</link>
	<description>開運、生活向上、人生とこの世の仕組み、節約、料理、投資、健康、美容、歳時について、幸せな人生と豊かな暮らしの為にトータルサポートします。</description>
	<lastBuildDate>Fri, 21 Aug 2020 13:19:36 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=7.0</generator>

<image>
	<url>https://life.a88v.com/wp-content/uploads/2017/01/cropped-190751680-1-1-100x100.png</url>
	<title>成り立ち ｜ 素敵な人生大百科</title>
	<link>https://life.a88v.com</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>DNAの秘密</title>
		<link>https://life.a88v.com/yomoyama/dna/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[senfuku]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 25 Jan 2017 02:21:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[思索]]></category>
		<category><![CDATA[成り立ち]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://b1.uvs.jp/?page_id=864</guid>

					<description><![CDATA[まだ余り知られていませんが、バイオフォトンと言うものがあります。 バイオフォトンと言うのは、生体から出ている弱い光（生体光子）です。 何か怪しげなものみたいですが、 普通に世界の科学者が研究している物です。 もちろん、日 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>まだ余り知られていませんが、バイオフォトンと言うものがあります。<br />
バイオフォトンと言うのは、生体から出ている弱い光（生体光子）です。</p>
<p>何か怪しげなものみたいですが、 普通に世界の科学者が研究している物です。<br />
もちろん、日本の国家機関でも研究しています。</p>
<p>気やオーラと呼ばれるものがこのバイオフォトンか、類似の物かもなの知れません。</p>
<p>それはともかく、このバイオフォトンが DNAから出ていることが分かっています。<br />
DNAの中に光の巣のように蓄えられています。</p>
<p>そして、DNAにはファントム現象という不思議な現象があります。<br />
ガラス管にDNAを入れて光を当てると、スクリーンに何かを投影します。<br />
当たり前と言えば当たり前ですが、 しかし、そのDNAを取り去った後でも、同じ現象が起きるのです。</p>
<p>何かDNAには普通の物質とは明らかに違う何かの神秘があります。</p>
<p>正直に言って、DNAのことはまだほとんど解明されていません。<br />
体を形作るタンパク質を作り出す機能、情報は、DNAの3％に過ぎません。<br />
その機能のかなりの部分がようやく分かって来たという感じです。</p>
<p>その他の部分は、まったく不明で、ですから、意味のないものみたいにジャンクDNAなどと呼ばれます。</p>
<p>しかし、不謹慎なものですね。<br />
分からないから、ジャンクと呼んでいますが、 分からないものだからと言って、ジャンク（がらくた）と言う呼び方はおかしいと思いませんか。</p>
<p>とにかくこのDNAには、 普通の物質を超えた、神秘的な不思議な性質があり、 ほとんどが解明されていません。</p>
<p>さらに、気分や音楽や、そして、言葉さえ、 DNAに影響を与えることが分かってきています。<br />
生活態度や考えも影響を与えます。</p>
<p>さらにDNAは先祖から受け継ぐ物です。少し怖い気もします。</p>
<p>先祖の業などという言い方がありますが、 それはDNAの機能かも知れません。<br />
幾百年もの業がDNAを通して伝わるのです。もちろん、よいことも伝わります。</p>
<p>人は何のために生まれてきたかは分かりません。<br />
いえ、自分で生き方を決めれば良いわけです。人は自由です。</p>
<p>しかし、ただ一つ、決められた機能があります。<br />
それがDNAの保存です。<br />
唯一、人が延々となしていることは、DNAを伝えていくことです。</p>
<p>何のためかは分かりません。</p>
<p>しかし、色々なこの世の神秘の秘密は、受け継がれてきたDNAの中にあるのかも知れません。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>お金持ちの秘密について</title>
		<link>https://life.a88v.com/yell/okanemoti/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[senfuku]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 25 Jan 2017 01:16:33 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エール]]></category>
		<category><![CDATA[成り立ち]]></category>
		<category><![CDATA[開運]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://b1.uvs.jp/?page_id=843</guid>

					<description><![CDATA[お金持ちは、よく寄付をします。 いや、そんなことはない、 彼らはけちだと、思われるかも知れませんが、 ヨーロッパを始めとする本当のお金持ちは寄付をよくします。 寄付がもたらすもの もちろん、善意から、、、と言うこともある [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>お金持ちは、よく寄付をします。</p>
<p>いや、そんなことはない、 彼らはけちだと、思われるかも知れませんが、 ヨーロッパを始めとする本当のお金持ちは寄付をよくします。</p>
<h2>寄付がもたらすもの</h2>
<p>もちろん、善意から、、、と言うこともあるでしょうけど、 それだけではありません。<br />
むしろ善意以前のお話です。</p>
<p>お金持ちがお金持ちになる理由です。</p>
<p>大富豪と呼ばれる人々は、 もうけの10％の寄付を習慣としてしている人が多いのです。<br />
なぜでしょう。</p>
<p>もっとも、出す物を出すから、 お金が寄ってくるなんて事ではありません。</p>
<p>精神的なサポートなのです。</p>
<p>お金という物は、、、人は どうしてもお金を卑しむ気持ちをもってしまう場合があります。</p>
<p>それは、お金が無くて欲しいと思っている人も、 そういう人であればあるほど、自己正当化や 反作用で、お金など、汚れたものだと思いがちです。</p>
<p>本当の愛はお金では買えないとも言います。<br />
それは真実ですが、 その言葉の中に、お金を卑しむ気持ちが入っています。</p>
<p>あいつは金に汚いという言い方があります。灰皿とお金は溜まるほど汚いと言う意味の江戸時代の川柳もあります。<br />
これもお金をなにかさげすむ言い方です。</p>
<p>本来、お金には色は付いていませんし、 使い方ですし、貯めて楽し、使って楽しいのがお金です。<br />
しかし、どうしてもお金につきまとうイメージは、 よからぬイメージもあるわけです。</p>
<p>あいつはけちだという言い方も、 実は守銭奴という言い方も、 お金を貯め込む、お金至上主義、 イコール、不貞な輩、汚い奴というイメージです。</p>
<p>知的な方ほど、そう思いがちです。</p>
<p>しかし、それではお金は寄ってきませんし、何よりもあなたの無意識がお金を遠ざけます。</p>
<h2>お金持ちになれる理由</h2>
<p>だから、お金持ちはもうけの10パーセントを寄付し、 人々を幸せに出来る、そして、 おれが儲ければ、さらに人々を幸せに出来ると、お金に対するイメージを負のイメージにしないようにしているのです。</p>
<p>これはすでに彼らの意識のレベルには無いかも知れません。 しかし、先祖からの習慣になっています。<br />
こうして、代々の大富豪の家系が支えられているのです。<br />
少なくともお金持ちは、意識下からもお金に負のイメージは持っていません。何にしろ稼ぐことは尊いことだと思っています。</p>
<p>これは日本の金持ちでも同じです。<br />
町内一の金持ちレベルは別かも知れませんが、松下幸之助さんや、日本一の納税者の斉藤一人さんや、 その他、諸々の方は、みんなそうです。</p>
<p>情けは人の為ならず、、、回り回って自分に帰ってくると言う、ことわざですが、その瞬間から自分の為になっているわけです。</p>
<p>もしあなたがお金が十分でないといつも思っているのなら、心のどこかにお金やお金持ちを軽蔑する、もしくは妬む気持がないか、点検してみてください。</p>
<p>人は、自分が嫌だと言う感情があるものには、絶対になれません、なりません。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>宇宙の中の心と物質</title>
		<link>https://life.a88v.com/yomoyama/utyukokolobussitu-html/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[senfuku]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Jan 2017 00:14:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[思索]]></category>
		<category><![CDATA[成り立ち]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://b1.uvs.jp/?page_id=814</guid>

					<description><![CDATA[唯物論と唯心論などと難しく考えることなく、物質が主であるか、精神が主であるかと言うことに付いて。 精神と言うと、何か精神論の話しのようですが、物質界を人の側面から考えると、常にどんな物質もお金も、心を通して感じる事に成り [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>唯物論と唯心論などと難しく考えることなく、物質が主であるか、精神が主であるかと言うことに付いて。</p>
<p>精神と言うと、何か精神論の話しのようですが、物質界を人の側面から考えると、常にどんな物質もお金も、心を通して感じる事に成ります。<br />
そうです、世の中を観察することは、心のフィルターを通してからしか出来ませんし、思考そのものも、心が作用する現象です。</p>
<p>その意味で、この世の中の全ては、人から見れば、心によって、人にとってのその形態が存在している事にもなります。</p>
<h2>宇宙の姿</h2>
<p>量子力学が観察することにより、観察される対象は影響されると言う結論を導き出しています。<br />
見る事により、見られているものは変化するのです。さらに観察するまで、何の結論も出ていないとされます。<br />
壷の中のサイコロは人が見るまで、丁でもない半でもない状態に置かれていると言うのが量子力学の考え方です。人が（心が）見るまで決まった状態はなく、見る事により、物質はそれに影響されることになります。</p>
<p>この世界はフラクタルで出来ています。<br />
波も風も株価の動きも共通の波動と繰り返し構造になっています。マクロ宇宙では恒星と惑星と衛星の構造。それは星雲の枠組みまでフラクタルです。<br />
ミクロ宇宙では原子の構造、電子の関係そして、陽子内部の構造まで同じフラクタルです。なぜか共通の法則が支配しています。</p>
<p>さて、目に見えるものが全てではないという事は、誰にでもわかるでしょう。<br />
これは現代では明らかです。電気や電磁波は目に見えません。しかし、当然にその不可思議な？現象は存在していて、作用しています。重力や磁力もそうです。その他にも無数に存在しています。世の中の存在は目に見えないものの方が、実は当たり前のように多数なのです。</p>
<p>ところが人の心の感じ方は、五感によって左右されます。ですから通常の人の感覚や常識は本来の宇宙の法則を誤解するようにできています。<br />
現代では電気の存在を否定するする人は少ないでしょうが、知識が無ければ迷信の部類です。<br />
重力ですら、ニュートンが万有引力の法則を唱えるまで、重力という力があることすらわかりませんでした。単に物が下に落ちるということは、そうだということだけだったのです。その力の作用が無ければ浮んでいると言うことは、あり得ない考えだったのです。地球が太陽の周りを廻っている考えのようにです。</p>
<p>実は重力があっても、人は宙に浮んでいられます。エネルギーの存在です。<br />
飛行機で浮ぶことは出来ますが、ベランダにいても浮んでいます。当たり前でしょうか。<br />
物質の内面はガラガラ、スカスカの存在です。太陽系がスカスカの存在であるように、原子の内部もスカスカの存在です。足元のコンクリートも、空気と大差ないガラガラのものです。浮かんでいられるのは、原子の運動エネルギーが重力に打ち勝っているのです。<br />
このように人が見ているものや常識は、本来の宇宙の法則からはかけ離れたものです。</p>
<p>人に取って比較的に常識的なのは、ニュートン力学まででした。<br />
しかし、ニュートン力学が世の中の全てを解明したかに見えたのもつかの間、あっけなく崩壊してしまいました。相対性理論が替わって世の仕組みを明らかにしましたが、これもいくつかの矛盾で崩壊するのも間近なのかも知れません。<br />
まだまだ、世の中の仕組みで分かっているのは、ほんの氷山の一角なのです。</p>
<p>ところで物理学者の中には、神の存在を肯定する人が非常に多いという事実があります。そうなっているのは分かるけど、何かの意志がそうしたとしか思えないこと、なぜそうなっているのか、まったく分からないことが多いのです。<br />
分かり易い、身近な例えでは、水です。<br />
水が無ければ生命は生きていけません。それは水が多くの物を溶かしこみ、体内で運搬することが出来るからです。しかし、それだけでなく、比熱が巨大でそのために地球や体内の熱環境が保たれています。更に４度で比重が最大になる為、海や池は上から凍っていきます。通常の物質のように低い温度が重くて下から凍れば、水生生物は死んでしまいます。他にも多くの例がありますが、水の性質が少しでも違っていたら生命は存在しません。<br />
この宇宙には、この例えのようなことに類する絶妙な法則が多いのです。</p>
<h3>心の姿</h3>
<p>心は大脳生理学の分野に過ぎないのでしょうか。<br />
ここでもニュートン力学が崩壊したようなことが起っています。解明できたかに思えましたが、やはり分からないのです。そもそも脳が存在しない植物がGSR（皮膚電気反射、うそ発見器）に反応して、意志を示すのです。心理学の分野ではマイナーですが、植物心理学が存在します。<br />
単なる生理学の分野だとすれば、脳がほとんど活動出来ない状態で、臨死体験があることも説明出来ません。進化の過程でその現象を起す事を獲得した必然性も無いのです。また、文化や文明が違っても同じような内容の体験をする事も不思議です。</p>
<p>なぜ人が死ぬと、その瞬間にコンスタントに五十数グラム体重が増加するのでしょうか。それまでその浮力を与えていたものは、重力に対抗していたのですから、エネルギーです。なぜ霊魂の存在は文化や文明を超え、世界と没交渉の未開部族でも同じように語られるのでしょうか。虫の知らせはかなりの人が体験する普遍的な現象なのはなぜでしょう。<br />
ユングの夢実験が有名ですが、0.3％の率で確率的にどうしても否定出来ない予知夢が出現するのはなぜでしょう（心理学の文献）。オーラはすでに日常語にもなっているほど、実際にも見る事が出来る人が多く、電気技士の作ったキルリアン写真機で実際に写るのは、それは一体なんなのでしょう。ある程度の気功師が当たり前に「気」で人を投げ飛ばせるのはなぜでしょう。</p>
<p>プラシーボ効果（治る薬だと信じればうどん粉でも治ってしまう）は、なぜ頻繁に発生するのでしょうか。自己治癒力が活性化すると仮定して、心の動きで物理的生理的な身体の変化が起っているのは確かです。新薬の実験では、プラシーボの補正（二重盲険法）を入れるのは常識です。<br />
実はおかしな事なのです。科学の実験が科学的に完全に説明できない事を前提としなければ、成立しないのです。</p>
<p>その人間の系（システム）の中だけだから存在するのでしょうか。ところが人間と言うのは科学的にも閉じた系ではありません。同じような事は違う人間との間、生物相互の間に作用します。心（又は心が感じたもの）が明らかに作用しているのです。</p>
<p>本来の宇宙の法則は、何か奥底にまったく違った仮説が成り立つものかも知れません。それは神秘主義者の考えるものとも、まったく違うものなのかも知れません。</p>
<p>では、心はいわゆる、実体としての物なのでしょうか。<br />
それを考える場合に、海の波は物なのでしょうか。海の海水が物質であり、波は現象であり、状態です。もちろん現象として存在するもので、色々な物質に影響を与えます。心も現象です。</p>
<h3>物質の姿</h3>
<p>ところで、物質の中身を見て見ると、不思議な事がわかります。原子の構成はまったく同じもので作られています。ただその数が変るだけで物質の種類が変ります。これが量子の語源です。<br />
端的に言うと、電子の数で違った物になります。では、電子は物なのでしょうか。電子は状態です。波に当るものです。<br />
波動そのものが電子で、状態に過ぎないと言うのが、量子力学の結論です。<br />
電磁波の一種である光に付いて、光は波であり、粒子であると言う解説を読まれた方もおられるでしょう。<br />
素粒子で出来た原子核の内部も、突き詰めていけば、状態になります。では、状態である海の波の、その物に相当する海の水はあるのでしょうか。無いのです。何も無いのです。すなわち状態だけで作られているのが原子で物質で宇宙なのです。</p>
<p>この世の中には確固とした物というものは何も存在せず、状態だけがあります。状態があっても海の波を作っている水に相当する物というものがありません。<br />
まるで概念の世界のようです。<br />
宗教家なら神の思念の中だけで宇宙の全てが作られているとでも表現するのでしょうか。普通の人が考える世の中やこの世とまったく違った世界が現実です。確固たる法則は存在しませんし（又は見えない世界にのみ存在する）、計算も出来ません。確率が計算できるのみです。全ては波動であって、それらに区別はありません。</p>
<p>究極のオカルトの世界です。あると思っているものは幽霊のような存在です。有るのは状態だけで、状態が実体です。状態のあるもの、それが実在物なのです。状態である心が実在する実体物でもあるのも当然の事で、物質と同じものとも言えるかも知れません。</p>
<h3>宇宙という存在</h3>
<p>物質の究極は何かと言うと状態、波動、すなわちエネルギーです。物質という物は、実は存在していないことにもなります。エネルギーは究極で永遠の存在で、この世界を形作っているそのもので、宇宙そのものです。<br />
心と言う存在は存在するとするかぎり、何らかの形でエネルギーの関与する物です。Je pence, donc je suis.（我思う、故に我在り）は、別の意味で言えば、思うことにより、存在を既定しているとも言えるわけです。</p>
<p>起っている状態、現象、物質、全て状態です。唯物論も唯心論も実は意味のない話しなのかも知れません。何か一つの現象。波動。エネルギー。霊。神。どう名付けてもいいのですが、現象、状態が世の中の、宇宙の唯一の存在です。</p>
<p>現在では原子核内部のみを量子力学が担当して、外部は暫定的に近代物理学が担当していますが、やがては根底から物理学を覆すものです。その考え方の哲学的な側面を量子論と言います。<br />
非科学的であるけど、しかし、人々のかなりの部分が当然のように想定している運、念、言霊、などなどが科学的に矛盾無く成立する根拠が明かされる事にも成るのかも知れません。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>かごめかごめの意味解き、その壮大な謎</title>
		<link>https://life.a88v.com/yomoyama/kagome-html/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[senfuku]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Jan 2017 23:08:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[思索]]></category>
		<category><![CDATA[成り立ち]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://b1.uvs.jp/?page_id=796</guid>

					<description><![CDATA[かごめかごめの歌に隠された壮大な秘密に迫ります。 かごめの詩にはこの世の秘密の一端を封じ込めてあります。かごめを知ればあなたの人生が変わるかも知れません。 かごめの歌 かごめかごめ かごのなかのとりは いついつでやる 夜 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>かごめかごめの歌に隠された壮大な秘密に迫ります。<br />
かごめの詩にはこの世の秘密の一端を封じ込めてあります。かごめを知ればあなたの人生が変わるかも知れません。</p>
<h2>かごめの歌</h2>
<p><span class="f12em">かごめかごめ<br />
かごのなかのとりは<br />
いついつでやる<br />
夜明けの晩に<br />
つるとかめがすべった<br />
後ろの正面だあれ<br />
</span><br />
不思議な歌ですね。<br />
俗説では、心ない人によって、流産の歌とか言われたりしますが、そのような俗っぽいものでは、さらさらなく、ずいぶん古い時代から伝わっているもののようです。<br />
一説には「桜は天に舞い、蓮は海に散る」の句で有名な天海僧正の作とも言われますが、もっと古いと言う説もあります。</p>
<h3>意味解き</h3>
<p>もちろん、かごめと言うのは、籠目であり、籠は竹冠に龍。竹で作った龍が絡まるようなものです。<br />
龍と言うのは伝説上の生き物ですが、現すのは、神聖な力であり、神や神社です。神社の手水場には、必ず龍がいますよね。さらに、古くは竹垣でわざわざ囲む建物や地は、神社など、神聖なものの地、神域でした。</p>
<p>籠目は籠目紋のことでもあり、<a href="https://hinohikali.com/yomoyama/rokubousei-html/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">六芒星</a>を参照して下さい。<br />
更に、しめ縄は龍や蛇の絡んだ姿を示しています。鏡餅もとぐろを巻いている姿の象徴です。この歌の現している物が、ぼんやりと分かって来たかと思います。</p>
<p>かごのなかのとりは、籠の中の鳥というのは、神社の中の鳥。不死鳥、つまり鳳凰ですね。<br />
とりではなく、とりい、鳥居と解釈する事も出来ます。いずれにしても、神社の事を示しているのは、明らかな感じがします。</p>
<p>いついつでやるは、いつ飛翔するのか。又は、いつ出現するのか。それとも、いっついである、一対である。ふたつあるの意味だとも取れます。</p>
<p>夜明けの晩は、夜明けと晩で、一日中。又は夜明けの暗いうち、深夜。人間の精神の高揚する時間。又は、日食。天の岩戸の伝説の話しと解釈する事も出来ますが、この話の大きさから言えば、大きな歴史的背景の夜明けとも言うべき時代の、晩のようなひと時、あるいは、いずれ夜が明けるような時代が来る前の、晩のような時代と解釈します。</p>
<p>つるとかめがすべった。つると亀は、二本足と四本足、赤ん坊から大人。又は天と地の象徴。肉体と空をかける精神の対比を現すなどが考えられます。<br />
すべったは転換した、反転したとも取れますが、統った（すべった）、つまり、統治したということです。<br />
統べると言う言葉は、古語では普通に使う言い方です。足がすべったみたいに解釈する方が不自然ですね。</p>
<p>この繋がりから、考えられることは、支配したのは、空のつる、地の亀、天と地であり、空間、物質界、あるいは俗世界を言っているのかも知れません。すると前の夜明けの晩と言うのが、時間を言っていますので、次の句のつると亀が空間を現しています。歌の構成としては有り得る話しです。</p>
<p>これらから言えることは、神社の中にいる偉大なものは、いつ出るんだろう。又は、その偉大なものは、一対の物だよということでしょうか。<br />
夜明けの時代の前の晩のような時代は、つると亀（空間、物質界の象徴？）が統治していたと、背景が示されています。<br />
これを踏まえながら、次の句の解釈を読んで見てください。</p>
<p>後ろの正面だれ<br />
後ろの正面とは何の事でしょう。前後の反転です。</p>
<p>通常、神社には実は何もありません。鏡が祭ってあります。<br />
なんのことは無い。鏡に写った自分の姿を見て、自分自身が合わせ鏡の用になって、祈っているのです。<br />
後ろの正面だれ？ つまり、自分自身だよって、言っているのです。祈る対象も神も自分自身の中にいると示しているようです。又はそれらは一対のものであると。<br />
<a href="https://hinohikali.com/tisiki/kagami-html/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">鏡の不思議と秘密</a>を参照。</p>
<p>仏教でも同じ意味のことが言われます。仏は自らの中にいる。さらに、現代のキリスト教では異端の考え方ですが、滅びた古代のキリスト教の一派の中には、神は汝の中にいると、唱えていたふしがあります。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>アミタとアマラ</title>
		<link>https://life.a88v.com/yomoyama/amitaamala-html/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[senfuku]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Jan 2017 22:52:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[成り立ち]]></category>
		<category><![CDATA[開運]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://b1.uvs.jp/?page_id=787</guid>

					<description><![CDATA[宇宙は一つのアミタであり、その心がアマラ この世界は、宇宙は一つの繋がり。仏教哲学ではあまねくアミタといいます。 山も海も樹木も貴方も私も空も、一体のアミタです。アミタは物質の世界を現します。 「一つは全体、全体は一つ。 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>宇宙は一つのアミタであり、その心がアマラ</h2>
<p>この世界は、宇宙は一つの繋がり。仏教哲学ではあまねくアミタといいます。</p>
<p>山も海も樹木も貴方も私も空も、一体のアミタです。アミタは物質の世界を現します。<br />
「一つは全体、全体は一つ。我は、東方にあり、西方にあり、地上にあり、天上にあり、我は、全世界なり。それは汝なり。」インドのバラモンたちは、こう表現しました。</p>
<p>小さな世界で言えば、原子核内部の構造も、大きな世界で言えば、宇宙空間の巨大な天体も、フラクタルな入れ子構造で、一つの中に全体の類型があり、全体の中に一つの類型があります。この事はアミタという存在を物語っています。</p>
<p>あなたの小さな細胞の一つが全部のあなたであり、全体のあなたも一つの細胞なのです。<br />
そして、突き詰めれば宇宙のどの部分にも自分（というもの）が存在します。分かり難いかも知れませんが、同じ一つのシステムと言い換えても良いかも知れません。</p>
<p>そして、当然のようにアミタには精神が在ります。人にも身体と心があるように。<br />
これは八百万の神々、すべての物に神が宿るという神道の思想とも少し似通っています。これをアマラと言います。<br />
もちろんアミタがそうですので、アマラはすべて繋がっています。</p>
<p>つまり、宇宙は一つの巨大な生命体なのです。<br />
あまねくアミタにある、あまねくアマラです。一つは全体、全体は一つ。小さな部分は相互扶助、相互依存、そして、強大な精神を作っているのです。<br />
そして又、小さな部分の中に巨大な精神があり、巨大な精神の中に一つの小さな精神があります。<br />
そのフラクタルな生命体には当然、自己保存能力、本能があります。</p>
<p>全体の中に一つがあり、一つの中に全体がありますので、有益な部分は浮かびます。なぜなら小さな部分の中にも全体があるからです。<br />
そして、その反対であれば重みによって沈み、そして、さらに害のある部分は、さらに深く重く奈落の底へ落ちていきます。</p>
<p>仏教哲学による極楽と地獄の概念は、この巨大な生命体のこの自己保存能力によって説明されます。<br />
現代のキリスト教で言う天国とは微妙な違いがあります。良い事をしたから極楽に、悪を成したから罰により地獄に落ちると言うものでは、元々無いのです。<br />
自分の中に全宇宙があり、その全宇宙に対する重みによって左右されます。</p>
<p>天上天下唯我独尊。（すべてが我であり、我もまたすべてであり、そして尊い。）この言葉も同じ事を言っています。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>日本語の中の時間</title>
		<link>https://life.a88v.com/yomoyama/nihongoji-html/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[senfuku]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Jan 2017 22:41:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[思索]]></category>
		<category><![CDATA[成り立ち]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://b1.uvs.jp/?page_id=784</guid>

					<description><![CDATA[言語の時空間 日本語の中では、時空間が逆転しているようです。時間と空間の捉え方の相違です。 日本語で前進と言うのは、これから行く場所であって、後戻りと言う表現は、空間的に通って来た道を戻る事と言う意味になります。 ところ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>言語の時空間</h2>
<p>日本語の中では、時空間が逆転しているようです。時間と空間の捉え方の相違です。</p>
<p>日本語で前進と言うのは、これから行く場所であって、後戻りと言う表現は、空間的に通って来た道を戻る事と言う意味になります。<br />
ところが、後でね、と言う表現は、過去に通って来た時を言う意味でなく、未来でね、と言う意味です。もっと前でね、と言うのが、過去に於いてと言う意味ですね。</p>
<p>同様に５日後と言うのは未来で、前の日と言うのが、過去です。<br />
一年前って、過去の事ですが、後ろなのに、前と言います。一年後、後ろなのに未来の事です。同じく先に行っていて、私は後で行くからと言う表現もそうです。先と言うのは空間的には、先端の意味です。</p>
<p>時間と空間が日本語の中で逆転しています。前が空間を言う場合には前方の事であり、時間を言い表す場合は、通ってきた時、つまり後ろを表します。これは日本語の表現のすべてに渡ります。</p>
<p>なぜでしょう、、、</p>
<p>たぶん、時間を進む時、人は過去の方に向いて、見つめて、後ろ向きに後ずさりするように未来に進んでいるんですね。<br />
少なくとも人々の意識の中ではそうなんでしょう。だから、未来は見えない、背中の方向にある。でも、だから恐れることなく、未来に進めるんですね。過去を見つめながら。</p>
<p>この歪みって人間の時空間感覚の不思議なんですね。日本語って不思議なものです。</p>
<p>そして、後ろの正面、ここにも出てきました。<a href="https://hinohikali.com/tisiki/kagami-html/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">鏡の不思議と秘密</a>を参照。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>払うと祓う</title>
		<link>https://life.a88v.com/yomoyama/halauto-html/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[senfuku]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Jan 2017 22:34:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[思索]]></category>
		<category><![CDATA[成り立ち]]></category>
		<category><![CDATA[開運]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://b1.uvs.jp/?page_id=780</guid>

					<description><![CDATA[祓い清めるのはらうと、お金を払うのはらうは、同じ言葉ですね。なぜでしょう。 これは神道の考え方にも通じるものですが、この二つは、実は同じことを意味しています。 神道では、まず、穢れは祓わなければなりません。穢れはよろしく [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>祓い清めるのはらうと、お金を払うのはらうは、同じ言葉ですね。なぜでしょう。<br />
これは神道の考え方にも通じるものですが、この二つは、実は同じことを意味しています。</p>
<p>神道では、まず、穢れは祓わなければなりません。穢れはよろしくありませんので、何らかのことで正常化、清浄化する必要があります。他に方法が無い場合は、お祓いによって清浄を取り戻す訳ですね。</p>
<h2>均衡は安定</h2>
<p>同じように、均衡していない状態、それはすべて穢れです。<br />
貸し借りの概念はどこかで神道のハレとケの概念に通じるかも知れません。基本的に借りは穢れなんですね。<br />
たとえば品物を受け取って何もしなければ、借りであり、穢れを受ける訳です。そのうち災いが生じる事を意味するのです。何らかの形でそのうちに世の中に対して借りを返す事になります。</p>
<p>ですから、祓い清める事が必要になります。ここで、お金で祓うわけです。そのことによって穢れを消し去り、均衡を取り戻し、身が潔白になり、清らかに成るわけです。<br />
これがお金で払うことです。</p>
<p>貸し借りなしで、イーブンで、穢れは祓われ、清められます。<br />
受けた借りは必ず返さないと不均一な状態で、悪であるというような考え方は、神道以外にも、アメリカインディアンの中にも伝わっています。このためにインディアンではプレゼント合戦のような状態にもなることがあるそうです。ポトラッチと言います。</p>
<p>神道にはこれに祓い清めるという概念が入っています。お金で払うの言葉はこの思想から来ています。考え方によっては、便利と言えば便利な概念です。</p>
<p>奇しくもお札（ふだ）とお札（さつ）は同じ漢字になりますね。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>文明と代償</title>
		<link>https://life.a88v.com/yomoyama/bunmeito-html/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[senfuku]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Jan 2017 12:03:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[思索]]></category>
		<category><![CDATA[成り立ち]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://b1.uvs.jp/?page_id=776</guid>

					<description><![CDATA[見返りと差し出し 私達は自然を征服したのでしょうか。 そうではありません。 大自然は常にそこに超然として立ち、誰にも平伏すことはありません。平伏したのは人間です。 有史以前、私達は偉大な力、火を手に入れました。熱い力と暖 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>見返りと差し出し</h2>
<p>私達は自然を征服したのでしょうか。<br />
そうではありません。<br />
大自然は常にそこに超然として立ち、誰にも平伏すことはありません。平伏したのは人間です。</p>
<p>有史以前、私達は偉大な力、火を手に入れました。熱い力と暖かな明かりです。<br />
反面、火傷の危険と火事の恐怖を背負込みました。そのコントロールを自然から加せられたのです。</p>
<p>電力も原子の力も同じでした。<br />
病気からの開放、伝染病の恐怖から逃れる為に、薬物の希なる副作用のリスクも背負い込みました。</p>
<p>私達は常に自然に人身御供を差し出し、その見返りに豊かさを享受しています。<br />
偉大なる自然との取引なのです。<br />
愚か者は科学が自然のすべてを解き明かしたと錯覚しています。しかし、科学そのものが、自然との未然の多い契約書に過ぎません。</p>
<p>序章には明示されています。与えられた約束をもって、私達は豊かさを得る決断をしたのですと。</p>
<p>人身御供を、リスクを、必要経費を、利息を、私達は常に払いつづけることを宣誓していることを忘れてはならないのです。</p>
<p>ショーペンハウエルは、私達は死から人生を前借りしている、眠るのは利息を払うようなものだと言っています。<br />
元々何も持たない人間はその一部を返す事で、安定を保つのです。<br />
すべてを得ようと欲するのは、傲慢以外の何ものでも無いのかも知れません。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>六芒星と神宮について</title>
		<link>https://life.a88v.com/yomoyama/rokubousei-html/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[senfuku]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Jan 2017 11:29:54 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[思索]]></category>
		<category><![CDATA[成り立ち]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://b1.uvs.jp/?page_id=762</guid>

					<description><![CDATA[六芒星は、ダビデのマークで有名ですが、基本的にはイスラエルのマークになったのは、時代的に新しく、六芒星そのものは、古代から存在していました。 日本でもかごめ紋として、古くから知られた紋章です。上向きの三角と下向きの三角を [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>六芒星は、ダビデのマークで有名ですが、基本的にはイスラエルのマークになったのは、時代的に新しく、六芒星そのものは、古代から存在していました。<br />
日本でもかごめ紋として、古くから知られた紋章です。上向きの三角と下向きの三角を合わせたマークで、陰陽を現し、男女融合の象徴とも言われます。</p>
<p>そのかごめ紋が不思議な所に刻印されています。</p>
<h2>石燈篭の六芒星</h2>
<p>さて、このマークが、伊勢神宮の内宮と外宮と伊雑宮とを結ぶ数多くの石燈篭に刻印されていたのは、ご存じでしょうか。（石燈篭は老朽化のために撤去されてしまいました。）</p>
<p>この石燈篭は平成天皇のご成婚記念に寄進などによって作られたものですが、宮内庁によって指導された物であろうことは想像できます。それでなければ、勝手に公道におびただしい数を建立出来るはずもありません。</p>
<p>当時、これに関しての質問に、宮内庁はノーコメントあるいは、作った石燈篭屋の紋章に過ぎない、と答えたとの事ですが、製作元では宮内庁の指示によるものと、回答していたとの事です。</p>
<p>実はこれは伊雑宮の神紋です。なぜ内宮と外宮と伊雑宮を結ぶおびただしい石燈篭に、伊雑宮の紋章が刻印されたのか、さらになぜ、この三社を結ぶ必要があったのか。不思議です。</p>
<p>先代旧事、あるいは先代旧事本紀という古代書をご存じでしょうか。<br />
聖徳太子によって編纂された歴史書、そして、予言書です。太子一族が蘇我氏によって滅ぼされた時、一緒に破棄されてしまった書物です。（その後、日本書紀が正本とされ、先代旧事は闇に葬り去られる事になります。江戸時代には禁書とされていました。）しかし、写本の一部が、古いお寺などに存在し、盛んに研究されています。残念な事に一部の巻は失われてしまっていますが。</p>
<p>その先代旧事に驚くべき事が書かれているのです。<br />
伊雑宮こそが日の神の本宮であり、外宮は月の神、内宮は星の神に過ぎないと言うのです。（この事は伊雑宮の神書にも書かれている事で、幕府に訴え出た伊雑宮の神官が、世を惑わす罪で何人も処刑されています。）</p>
<p>宮内庁の指導によって、石燈篭によって、三宮が結ばれ、その石燈篭に伊雑宮の神紋である六芒星が刻印された事、これは宮内庁によって、先代旧事の正当性、伊雑宮こそが、天照大神の本宮であると確認された事ではないでしょうか。<a href="https://hinohikali.com/yomoyama/izawanoniya-html/"><img decoding="async" class="alignright wp-image-765 size-full" src="https://hinohikali.com/wp-content/uploads/2017/01/izawanomiya-1.jpg" alt="伊雑宮" width="100" height="80" /></a></p>
<p>簡単には覆せないでしょうが、何十年か後には、先代旧事本紀が日本書紀を否定し、伊雑宮が伊勢神宮の正当な本宮に成るのかも知れません。伊勢に行かれたおりには、伊雑宮にも立ち寄られるのも、一考かも知れませんね。</p>
<p>近くには天岩戸と呼ばれる景勝地もあります。<br />
また、神路川が近くを流れています。まさに神の道の川という名付けです。リアス式海岸が近くにあり、まさに海の物と山の物が混在一体になっている地です。<br />
神話でここは「美味し国」なので、ここに鎮座するという神託があったとされますが、今の伊勢神宮の地より、伊雑宮の地の方がしっくりとします。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>大文字の送り火</title>
		<link>https://life.a88v.com/yomoyama/dimonji-html/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[senfuku]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Jan 2017 11:20:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[思索]]></category>
		<category><![CDATA[成り立ち]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://b1.uvs.jp/?page_id=758</guid>

					<description><![CDATA[送り火の意味 毎年８月１６日ですが、京都で送り火が焚かれます。色々な形の送り火が焚かれますが、その中に大の字があります。 この送り火の「大」の文字は何を意味しているのでしょうか。大文字の送り火の大の字は、本当は大の字では [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>送り火の意味</h2>
<p>毎年８月１６日ですが、京都で送り火が焚かれます。色々な形の送り火が焚かれますが、その中に大の字があります。<br />
この送り火の「大」の文字は何を意味しているのでしょうか。大文字の送り火の大の字は、本当は大の字ではありません。そこには東洋哲学があります</p>
<p>大なんて、意味不明ですね。<br />
実はこれは元々は、大じゃないんです。始めは星型でした。星の形は重要なのですよ。<br />
そうです。木、金、土、水、火の陰陽五行説。送り火も五山ですね。この話をしだすと深過ぎて切りがありませんので、また次回にいたしますが、東洋に伝わる物はすべて根底に於いてつながっていると覚えて置いておいてください。陰陽師で有名な安部清明の五芒星も有名ですね。</p>
<p>惑星の動き、時空間、すべてが五行です。方角も五つあります。四方では無いんですね。一つの方角は、自分のいる位置、中心です。<br />
おのれをもてない四方のみの思想の西洋。おのれを一つの方角と見なす東洋の思想。無我の思想は、我が無い事じゃないんですよね。</p>
<p>我をそのまま全宇宙に広げ、すべてが自分。そこには我が儘なんて存在しない、それが無我の境地です。孤立した自我しかないのが西洋思想、宇宙に広がる自我があるのが東洋思想とも、言えるのかも知れません。お互い様、相互扶助。東洋には染みついていますので、今さら、ボランティアなんて、声高く言う必要も無いわけです。しかし、最近、この精神、失われていますね。</p>
<p>宇宙の法則にかなう事、それが成功への道だと思います。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
